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September 23, 2015 改訂

 

  

 

 

  

20世紀末,長く続いた冷戦ならびにイデオロギーの対立は終わりました。しかし皮肉にも,私たちのこれからあるべき姿が,思想的にも哲学的にも逆に見え難くなってしまったのが21世紀だと言えるでしょう。

 

 また,地球温暖化を初めとする自然・環境の問題,テロや紛争の温床とも言われる貧富・格差の問題,核拡散が懸念される中での治安・平和の問題など,世界規模の諸問題をどのように解決していくのかが今問われてもいます。

 

 明治以降日本は,欧米に追い付け追い越せと,欧米から様々な文物を取り入れ,「和魂洋才」さながらそれらを自分のものとしながら生きてきました。しかし中国に抜かれたとはいえ、GDP世界第3位の経済大国・日本は逆に世界を牽引(けんいん)していくべき立場にあります。

 

 であるなら,答えの見えないグローバルな問題に答えを出すべく日本も積極的に汗をかかねばなりません。しかし問題はどうやってその答えを導き出すかです。

 

 故事に「温故知新」という言葉があります。それは,昔の事をたずね求めて、そこから新たな見識・知識を得ることを意味します。つまり私たちは,歴史に宿る英知を参照することによって,未解決の問題への答えを見出すことができるのではないかということです。

 

 幸いにも日本には悠久の歴史が存在します。それを最大限活用することが大切であり重要だと思われます。

  

 

 

 

「極東国際軍事裁判」いわゆる「東京裁判」は,裁判とは名ばかりで,戦勝国が日本に加えた「リンチ(私刑)」でした。にもかかわらず,日本は東京裁判の歴史観に呪縛され続けています。GHQ統治下に米国から押し付けられた「日本国憲法」が戦後一度も改正されることなくきたのもその一例でしょう。「村山談話」や「河野談話」も東京裁判史観という戦勝国が作った得手勝手な歴史観が色濃く反映されています。

 

 しかし,いつまでもこういったアンフェアーな歴史観をひきずったまま国際社会の中で生きていくわけにはいきません。東京裁判が公正さを欠くものであることは国際的にも専門家の間では常識です。にもかかわらず,東京裁判を正当化し続けているのは,戦勝国というよりもむしろ日本自身の方でしょう。

 

 戦後日本は,米国に依存し,米国の保護の下に生きることを選択してきました。しかし,いつまでも,そしてどこまでも,米国と運命を共にし,歩み続けることが危険であることは,先のイラク戦争をみても明らかでしょう。

 

 米国に対して,是は是,非は非と言える真のパートナーシップを築くためにも,東京裁判史観から脱却し,かの戦争を自らの手でもう一度総括し直すことが,日本が本当の意味で「戦後」を終わらせ「独立」を果たすのに必要なのだと思われます。

 

 

 

 

文化人類学者のルース・ベネディクト女史が著書『菊と刀』の中で日本を「恥の文化」と述べたように,かつての日本には倫理や道徳の根本として「恥の感覚」がありました。しかし昨今の出来事を見ますと,恥知らずだと思われることがあまりにも多過ぎやしないでしょうか。

 

「恥の文化」である日本から「恥の感覚」がなくなればどうなるのかは言うまでもありません。昨今のいじめや格差問題の根っこにも,日本人から弱者をいたわる心がなくなり,弱者をいじめることへの「羞恥心」がなくなってしまったことがあるように思われます。

 

 まさに三島由紀夫氏が「日本はなくなって,その代わりに無機的な,からっぽな,ニュートラルな,中間色の,富裕な,抜け目がない,或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう」(1970年7月7日付産經新聞「私の中の25年」)と予言した通りの状況に日本は成り下がりつつあるように思われます。

  

 

 

  

  

独立の気力なき者は必ず人に依頼す,人に依頼する者は必ず人を恐る,人を恐るゝ者は必ず人に諛(へつら)ふものなり。常に人を恐れ人に諛ふ者は次第にこれに慣れ,其面の皮鉄の如くなりて,恥ずべきを恥ぢず,論ず可きを論ぜず,人をさへ見れば唯腰を屈するのみ。所詮習,性と為るとは此事にて,慣れたることは容易に改め難きものなり。(福澤諭吉(ふくざわ・ゆきち)「学問のすゝめ」:福澤諭吉全集第3巻(岩波書店),p. 45

 

 日本は,敗戦と共に独立の気概をなくし,戦後すべてを米国にお伺いを立て,米国の顔色を見ながら,まさに属国根性丸出しで生きてきたかのように思われます。当然,日本は米国の言いなりとならざるを得ず,例えば,郵政民営化にみられたように,米国の「年次改革要望書」のシナリオ通りに,米国の都合の良いように日本が改造させられるなどという事態にまで至っています。そして,日本人が額に汗して稼いだお金が米国に流れ出て行ってしまう金融システムすら構築されてしまってもいます。

 

 昨今よく耳にする「集団的自衛権」の問題も,米国が単独で戦争を遂行することができなくなってきたために,日本の手を借りたいという米国側の事情によるものが大きいと言えるでしょう。

 

 米国の核の傘によって守ってもらっている日本が偉そうなことを言える立場にないのは事実でしょう。しかし未来永劫,米国が日本を守ってくれる保証などどこにもありませんし,何よりも日本が米国の庇護国であり続けるということ,否,あり続けたいと望むこと自体が,どれほど情けなく恥ずかしいことなのかをまず我々は理解すべきでしょう。

 

 日本は,プライドをもって「真の独立」を果たさなければなりません。そのためには,日本人一人ひとりが「甘え」を断ち,自らの判断で行動しその責任をとる独立不羈(ふき)の気概を持たなければなりません。

 

 米国にすべてを依存する「子供の国」から脱皮すること,それが今,日本に求められているのではないでしょうか。

 

(参照)吉川元忠(きっかわ・もとただ)『マネー敗戦』(文春文庫),関岡英之(せきおか・ひでゆき)『拒否できない日本』(文春文庫)

 

 

  

一般大衆が賢明さを失ったとき,たとえば集団的熱情にかられて独裁者を選出するというようなことが起こりうる。ナチス体制はまさにそのように成立したのであった。より一般的にいって,歴史上のほとんどあらゆる独裁は民主の拍手喝采,歓呼激励の熱狂に支えられて登場したのではないだろうか。(西部邁(にしべ・すすむ)『思想史の相貌』(徳間文庫 教養シリーズ)pp. 219-220

 

民主主義とは,それを支える国民次第で,良きものにも悪しきものにもなり得る,ある意味で無色透明な政治制度だと言えるでしょう。したがって,それを良き色に染めるためには,その主体である国民の「良識」や「節度」といったものが不可欠だと思われます。

 

 では,この良識や節度とはどこから得られるのでしょうか。私はそれは歴史や文化の中に宿るものであると考えます。ともすれば主観に偏(かたよ)りがちな私たちに客観的視座を与えてくれるのが歴史であり文化であって,歴史や文化との対話を通じて私たちは冷静で沈着な判断が下せるのではないでしょうか。言い換えれば,現在という一点の移ろいやすい感情(パトス)に基づく「世論(せろん)」ではなく,過去という連綿とした不易の慣習(エトス)に基づく「與論(よろん)」に私たちは耳を傾けるべきだということです。

 

 日本国憲法第1条には「主権の存する日本国民」と書かれています。しかし,この「国民」には,今を生きる国民のみならず過去を生きた国民も含まれると解すべきでしょう。すなわちそれは「伝統」を尊重するということです。

 

 単にたまたま今生きて動いているというだけで、今の人間が投票権を独占するなどということは、生者の傲慢な寡頭政治以外の何物でもない。伝統はこれに屈服することを許さない。あらゆる民主主義者は、いかなる人間といえども死の偶然によって権利を奪われてはならぬと主張する。伝統は,いかなる人間といえども単に出生の偶然によって権利を奪われてはならぬと主張する。正しい人間の意見であれば、たとえその人間が自分の下僕であっても尊重する ー それが民主主義というものだ。

 

正しい人間の意見であれば、たとえその人間が自分の父であっても尊重する ー それが伝統だ。民主主義と伝統 ー この二つの観念は、少なくとも私には切っても切れぬものに見える。二つが同じ一つの観念であることは、私には自明のことと思えるのだ。われわれは死者を会議に招かねばならない。古代ギリシャ人は石で投票したというが、死者には墓石で投票してもらわねばならない。(チェスタトン「おとぎの国の倫理学」:G.K.チェスタトン著作集1『正統とは何か』(春秋社)p. 76:福田恆存・安西徹雄訳)

  

  

  

かつて政論家の陸羯南(くが・かつなん)は,ドイツの匿名論者による一篇「憲法改革論」を引いて次のように書きました。

 

およそ「国民」は歴史とともに発達成長するものなるがゆえに,国民が政治上の組織たる憲法もまた,時とともに進歩変遷せざるべからず……けだし憲法は国民の衣服なるがゆえに,かの幼児の衣服が大人の身体に適さざるがごとく,国民幼児の憲法もまた生長せる国民に適さざるなり。(「憲法発布後における日本国民の覚悟」:『日本の名著』(中央公論社)p. 242

 

つまり,もし日本国民が戦後半世紀以上を経て成長したのなら,身の丈にあった憲法に変えることもまた必然であるということです。

 

 本来,国の骨格たる憲法とは,その国の歴史や文化を踏まえたものでなければならないはずですが,日本国憲法はGHQによって日本的なものが排除され,普遍的な内容となってしまいました。実際,第1章の天皇条項を除けば,どこの国の憲法であるのか分からない内容となってしまっています。その意味で,現憲法は「借り着」であると言った方が良いのかもしれません。

 

 日本が独立国であるのなら,いつまでも他人に押し付けられた他人の衣服を着続けるのではなく,自分の衣服を自らの手で作って着るべきである,私はそのように考えます。

 

 

 

大日本帝国憲法 第75条 憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス

 

これは,摂政がおかれるような不測の事態において,憲法を改正することはできないという意味ですが,現日本国憲法は,戦後直ぐ,天皇に代わってGHQが国事を執り行っていた「占領」という不測の事態において制定されたわけですから,明らかに大日本帝国憲法に違反する正当性を欠いた憲法だと言えます。

 

 帝国憲法第75条に,摂政時代に憲法改正を禁じたのも,また,ブラジル連邦憲法が,その第217条で,戒厳令下における,憲法の改正を禁じているのも,ひとしく国家の状態が,正常かつ平穏でなければ,憲法の改正を,なすべきではないという,憲法法理の大原則を示したものにほかならぬ。したがってかくの如き,禁止規定がなくとも,内乱や,占領のように,国家が極度に異常状態にあり,主権が,拘束されている場合,憲法改正を行うべきでないことは言をまたぬ。(菅原裕(すがわら・ゆたか)『日本国憲法失効論』(国書刊行会)p. 32

 

 また,国際法上もハーグ陸戦規則に違反しています。

 

第3款 敵国ノ領土ニ於ケル軍ノ権力
第43条[占領地の法律の尊重]
国ノ権力カ事実上占領者ノ手ニ移リタル上ハ、占領者ハ、絶対的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ。

 

 ここで注意すべきは,昨今よく耳にする「憲法改正」とは,現憲法を認めた上でなければ成立しないということです。しかし,大日本帝国憲法に違え,ハーグ陸戦規則に反する現憲法を認めるこということは,まさに法の精神を踏みにじることに相成りませんから,日本が真の法治国家であろうとする限りにおいて,現憲法は改正ではなく無効廃棄し,新たな憲法を創るというのが本筋であろうと思われます。

 

既成の成文法の前で精神が金縛りにあってしまうのは,不文法(歴史の知恵あるいは伝統の精神)を明文化してみたもの,それが成文法にすぎないのだ,という良識を忘れたせいであろう。書かれた憲法の字句にこだわる前に,自分らの書かれざる憲法が何であるか,つまり自分らが歴史をつうじて受け止めた規範意識が何であるかを確認するのでなければならない。

 

 その意味で思想のレベルで今必要なのは,改憲論であるよりも廃憲論であろう。目前の成文憲法をひとまず考慮の外において,自分らの精神を内省し,そこで浮かび上がってくる歴史の知恵をみつめるのが先決である。(西部邁『批評する精神(4)』(PHP)pp. 286-287

 

(参照)渡部昇一(わたなべ・しょういち)・南出喜久治(みなみで・きくじ)『日本国憲法無効宣言』(ビジネス社)

 

 

 

戦後日本の平和は憲法第9条によって守られてきたかのように言う人たちがいます。しかし,戦後日本が平和であったのはある意味では偶然だったとも言えるでしょうし,またある意味では米国の思惑によるとも言えるでしょう。

 

 日本は確かに9条によって非武装を謳(うた)い交戦権を放棄してきたわけですから,自らが戦争を引き起こしたり戦争に加わることはできませんでした。しかし,たとえ9条があっても,万やむを得ず超法規的に戦争することもあり得ますので,日本が戦争するような状況にならなかったのはやはり偶然だったと言うべきでしょう。

 

 また,戦争には相手国があるわけですから,自らは戦争する意志がなくても,戦争を仕掛けられたり戦争に巻き込まれるということもあり得たわけですから,やはり日本が平和であったのはたまたまのことであったと言わざるを得ません。

 

平和というものは、われわれが平和の歌を歌っていれば、それで守られるというようなものではない。いわゆる平和憲法だけで平和が保証されるなら、ついでに台風の襲来も、憲法で禁止しておいた方がよかったかも知れない。わが国自身が強国でなければ、中立宣言などというものは、世界戦略の前に簡単に無視されてしまうだろう。しかも戦後の占領政策は、われわれの経験したものより、はるかに苛酷なものとなるだろう。最悪の場合には、われわれが内戦のうちにまきこまれてしまうかも知れない。(田中美知太郎(たなか・みちたろう)「今日の政治的関心(2)」:『田中美知太郎全集 10』(筑摩書房)、p. 248

 

 別の見方をすれば,冷戦期において米国の核の傘に守られてきたことが日本の平和もたらしたとも言えるかもしれません。しかし,それを裏返してみれば,日本は自主防衛を放棄させられていたということです。「占領政策の基本方針」にもあったように,日本を再び米国の脅威とならないよう武装解除したのが憲法9条であり,戦争放棄の美名の下に日本は自らの国を自らが守ることすらできない「子供の国」とされてしまったわけです。

 

 日本は憲法9条によって海外での武力行使を禁じられています。そのため,海外での治安活動を行うことができません。したがって,PKO(平和維持活動)をはじめとする国際的な集団安全保障活動に積極的に参加することができないわけです。

 

 私は今行われているような形の活動を支持しているわけではありません。むしろ変えていかなければならないところが少なくないのだろうと思っています。だからこそ今ある国際的な集団安全保障活動に日本は積極的に参加しなければならないと思うのです。

 世界のために汗をかくことなしに,世界から信頼されるはずがありません。世界から信頼されなければ,いくら世界に平和を唱えても無意味です。

 日本が積極的に世界に対して平和を発信していこうとするなら,今行われている国際的活動に参加する必要がある。そのためには憲法9条という「箍(たが)」を外さなければなりません。日本は「一国平和主義」から脱皮する時が来ているのではないでしょうか。

 

 

 

東京裁判において日本無罪論を唱えたインドのパール博士は,昭和27年のサンフランシスコ講和条約発効後来日した際,記者団に次のように話しました。

 

「日本は独立したといっているが,これは独立でもなんでもない。しいて独立という言葉をつかいたければ,半独立といったらいい。アメリカによって与えられた,歪められたものの見方や,考え方が少しもとれていないではないか」(『パール博士「平和の宣言」』(小学館)p. 29

 

いまだアメリカから与えられた憲法の許で,日米安保条約に依存し,自国の防衛はアメリカにまかせている。宗教も教育も干渉を受けている。東京裁判史観という歪められた自虐史観や,アメリカナイズされたものの見方や,考え方が少しも直っていない。日本人よ,日本に帰れ! とわたくしは言いたい(田中正明(たなか・まさあき)『國,亡ぼす勿れー私の遺言』(展転社)p. 138

 

パール博士が指摘した状況は今も変わっていないように思われます。

 

 そして博士は独立国家に具備されるべき次の4条件を示しました。

 

(1)国家の基本法たる憲法は自分たちの手で書く。

 

(2)自分の国土(領土)は自分たちが守る。

 

(3)国家の祭祀・信仰は何びとからも干渉を受けない。

 

(4)子弟に対する教育も同様に,他国からの干渉を排除して,自分たちの意志に基づく。

 

 戦後社会に蔓延する「無責任」の根元は,憲法を自らの手で書く権利を行使しなかった(あるいはできなかった)ことにあるように思います。責任感ある大人の国日本へと脱皮するためにも,自らの憲法は自らの手で書き,その責任を負うことが必要なのではないでしょうか。

 

現行憲法に権威が無い原因の一つは,その悪文にあります。悪文といふよりは,死文と言ふべく,そこには起草者の,いや翻訳者の心も表情も感じられない。吾々が外国の作品を翻訳する時,それがたとへ拙訳であらうが,誤訳であらうが,これよりは遥に実意の籠つた態度を以て行ひます。といふのは,それを翻訳しようと思ふからには,その前に原文に対する愛情があり,それを同胞に理解して貰はうとする欲望があるからです。それがこの当用憲法には聊(いささ)かも感じられない。今更ながら欽定憲法草案者の情熱に頭が下がります。

 

良く悪口を言はれれる軍人勅諭にしても,こんな死文とは格段の相違がある。前文ばかりではない,当用憲法の各条項はすべて同様の死文の堆積です。こんなものを信じたり,有り難がつたりする人は,左右を問はず信じる気になれません。これを孫子の代まで残す事によつて,彼等の前に吾々の恥を曝すか,或はこれによつて彼等の文化感覚や道徳意識を低下させるか,さういふ愚を犯すよりは,目的はそれぞれ異なるにせよ,一日も早くこれを無効とし,廃棄する事にしようではありませんか。(福田恆存(ふくだ・つねあり)「当用憲法論」:福田恆存全集6,p. 162

 

 

 

 

国家という共同体の自明性が見失われる今日ほど,本来の意味での政治エリートが要請される時代はない……今日必要とされているエリートは,国家のありようを積極的に定義し,一方でそのことを積極的に国益に結びつけ,他方で,それを国家という共同体のアイデンティティの表現としてゆかなければならない……グローバリズムの時代に,ある特定の国家に生活の場を持つことの意味を与え,そこに彼らの生活を保障すべく国益を定義することこそが,エリートなる者に与えられた役割である……文化や歴史,社会構造を背景としたある国のナショナル・アイデンティティを,広く世界の中で定義し,そこに世界政治上のタクティックスをとりうることがエリートには要求される(佐伯啓思「エリートの復権」:『Voice』(PHPAugust, 1998p. 147

 

 私たちは,学校教育を受けて大人の仲間入りを果たし,社会生活を営む自由を得ると共に社会を背負う責任を本来抱えるわけですが,個人の自由がもてはやされる今の時代において,日本社会を背負う責任感のある大人は数少なくなりつつあると思われます。また,かの戦争によって歴史が断絶され伝統が軽んぜられる今の時代にあって,日本文化を背負う覚悟のある大人は少数となってしまったように思われます。

 

 それもこれも戦後教育が,滅私奉公の戦前に懲り,個人を甘やかせ過ぎたことに原因があるのではないでしょうか。つまり,権利に偏重し義務を軽んじてきた戦後教育が本来あるべき日本の姿を歪めてしまったのではないかと疑われるのです。

 

 経済が国境を越えグローバル化する中で,いかに国家や民族が文化的アイデンティティを失わずにいられるかが勝敗を分けるのではないか。言い換えれば,確固たるナショナル・アイデンティティなしには21世紀の国際競争に勝てないのではないか。それには社会を担う意識と文化を背負う気概を教え育むことがどうしても必要です。こういった意識や気概をもった人を「エリート」と呼ぶとすれば,「エリート」の育成こそが国家の発展・繁栄の鍵となるように思われます。

 

 したがって,これからの教育では,自由と責任,権利と義務,個人と社会といった二項対立の間で平衡をとることが必要であり大切となるように思われます。言い換えれば,節度をわきまえた活力ある社会の担い手をいかに育て上げるかが重要だということです。

 

 

 

環境問題,格差問題,平和問題など答えのない様々な問題になにがしかの答えを出していかなければならない21世紀において求められるものは,単なる知識ではなく,何が問題なのかを感じ取る「感受性(sensitivity)」と,その解決策を生み出す「創造性(creativity)」であると思われます。

 

 しかし,感受性と創造性は,これまでのような「知識詰め込み型教育」では培(つちか)うことができません。したがって,与えられた知識を暗記し必要に応じて再生する「受動的学習」から,与えられた知識の意味を咀嚼(そしゃく)し,それを演繹的に応用発展させる「能動的学習」への教育手法の転換が今,求められているのだと思われます。

 

 その意味で,私は「ゆとり教育」はかならずしも間違いではなかったと考えています。ただ,教師も含めた多くの人が「ゆとり教育」の意味を誤解し恣意的に解釈してしまったため,「ゆとり」が「ゆるみ」となってしまい,単に学力低下を引き起こすだけの結果になってしまったのだと思われます。

 

 詰め込む知識の量を減らせば「ゆとり」が生じます。その「ゆとり」を「頭を使って考える」時間に割り当てる。それが「ゆとり教育」が目指したものであったはずですし,21世紀における教育のあるべき姿なのだと思われます。

 

 最近目につくのは,子供の時の入学試験に熱中するあまり,暗記試験勉強からいつまでも脱却できないままになっている偏差値亡者の多いことである。頭に入れた知識を練り上げ,相関づけて知識のネットワーク化すべきものが,思索は勉強の邪魔だと考えているから,覚えたことをそのまま頭脳に入れているロボットと全く同じである。ただただ記憶量だけで他人と競り勝つことだけを考えている。このような人たちは創造にはまったく役に立たぬ。

 

 何としてでも思索によって考え出せる人間を必要としているので,いかによく覚えていようとも新しいことの考え出せないロボット人間だけではこれからますます必要となる研究者は間に合わない。そして,こういう分野では誰が効果的かということは事前にはほとんど分からない。正しく実験を企画し,正しく考えるという指針の元で,それができない自己との戦いがあるだけである。オリンピックの金メダル組が決まって言う「自分との戦い」なのである。しかも順位は終わるまで分からない。(西澤潤一(にしざわ・じゅんいち):産經新聞『正論』2005年1月25日付)

  

 

 人は信じたいが故に懐疑するのであって、不信のために懐疑するのではない。はなから不信心の人には懐疑することの意味すら判らないし、その必要性もない。(井尻千男(いじり・かずお)『劇的なる精神 福田恆存』(徳間文庫 教養シリーズ)p. 38

 

 情報時代の到来によって,ちまたには情報があふれ,どれが正しい情報で,どれが確かな情報なのかが見えなくなっているように思われます。したがって,これからは,情報の正邪,真偽を見極める目が重要になってくると言えるでしょう。

 

 何の疑いもなく情報が正しいものであると信じれば,それは「軽信」や「盲信」となりかねません。詐欺事件が性懲りもなく続出するのもあまりにも簡単に情報を信じてしまうからでしょう。そうならないためにも,物事を疑って見る目,つまり「懐疑的視点」が大切です。

 

 このことは教科書においても言えることです。例えば,歴史教科書において,「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」の記述が取り上げられたり取り下げられたりするのも,歴史教科書が政治ないしはイデオロギーの影響を大きく受けているためです。つまり,歴史教科書に書かれていることは必ずしも史実に基づくものとは限らないということなのです。そのようなことは露知らず,ただ教科書の中身を鵜呑みにするのはあまりにも危険だと言えるでしょう。

 

 疑いの目を向けるということは,信用しないということではなく,物事をより深く考察しようという姿勢のあらわれです。「事実」は何かということを追求し続ける態度,それと表裏一体をなすのが疑いの目を向ける,つまり「懐疑」するということだと思われます。

 

 「懐疑」することなしに,私たちは物事の本質なり真実なりに近付くことはできません。しかし,問題は,「懐疑」し事実を追求しようとするには時間がかかるということです。したがって,知識の詰め込み量を減らして事実を追求するための時間的ゆとりをもたせた,それが「ゆとり教育」が目指すべきものだったのだと思われます。

 

 今,教育はまた「詰め込み教育」に逆戻りしようとしています。しかし,そこには「ゆとり教育」の何が問題であったのかに対する反省が十分に踏まえられていないように思われます。「ゆとり教育」は学力低下を引き起こし,「詰め込み教育」は子供に極度のストレスを与えてしまうといった議論は,あまりにも表層的な議論であって,21世紀に求められる教育論からずれてしまっているように思われます。これからの時代になくてはならないであろう「物事の本質を見る目」をいかにして養うのかという問題は,そのような綱引きとは別次元にあるのではないでしょうか。

 

 寺院の懸灯の動揺するを見て驚き怪しんだ子供が伊太利ピサに一人あつたので振子の方則が世に出た。林檎の落ちるを怪しむ人があつたので萬有引力の方則は宇宙の萬物を一つの絲につないだといふのは人の能く云ふ話である。基礎的の原理原則を探り当てる大科學者は常に最も無知な最も愚かな人でなければならぬ。學校の教科書を鵜呑みにし、先人の研究をその孫引きによつて知り、更に疑ふ所なくして此れを知り博學多識となるものは此の如き仕事は仕遂げられないのである。(寺田寅彦(てらだ・とらひこ)『寺田寅彦全集 文學篇 第1巻』(岩波書店):「知と疑」,p. 191

  

  

私が尊敬する政治家に齋藤隆夫(さいとう・たかお)氏がいます。戦前,軍部の専横が強まりゆく中で,怒号渦巻く国会において,正々堂々と粛軍を訴えたその気骨は稜々(りょうりょう)たるものがありました。

 

ただいたずらに聖戦の美名に隠れて,国民的犠牲を閑却し、曰く国際主義、曰く道義外交、曰く共存共栄、曰く世界の平和、かくのごとき雲を掴むような文字を列べ立てて、そうして千載一遇の機会を逸し、国家百年の大計を誤るようなことがありましたならば……現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすことは出来ない。(「支那事変処理に関する質問演説」昭和15年2月2日,第75議会における演説:斎藤隆夫『回顧七十年』(中公文庫)p. 287

 

北朝鮮の暴発や中国による台湾制圧といった極東有事を考えれば,日米同盟に亀裂が入ることは絶対許されないということでテロとの戦いへの覚悟もないままに米国のイラク戦争を支持したり,党から追い出されては元も子もないと本心では反対と思いつつ郵政民営化に賛成したり,今の政治には「長い物には巻かれよ」「勝ち馬に乗れ」式の処世術の度があまりにも過ぎるのではないでしょうか。

 

 目先の利益のために,道義や正義がなおざりにされてしまっては,社会は腐敗してしまいます。また,自らが傷付くのを恐れて議論することを避けてしまっては,権力の暴走を止められなくなってしまうでしょう。もちろん,逆に道義や正義が過剰となれば,独善となって孤立を招き,悲劇の歴史が再来するとも限りませんから,理想と現実をいかにバランスさせるのかが問われるわけです。

 

 この微妙な舵取りの羅針盤となるのが,歴史や伝統というものでしょう。歴史や伝統の中に宿る「良識」が道標となって,時には荒波の中を,そして時には暗闇の中を方向づけてくれるのだと思います。その意味で私は歴史や伝統を大切にする保守主義の立場に立ちたいと思っています。

 

 戦後,歴史や伝統を足蹴にすることによって,私たちは進むべき道を見失ってしまったように思われます。この混迷から抜け出るためにも,私たちは戦争によって断絶された歴史や伝統を修復することがどうしても必要です。そのためには,かの戦争の意味を自らの手でもう一度確認し総括することが何よりも先決なのだと思われます。

 

 政治とは,情熱と見識とによって固い板に穴をあけてゆく力強い緩慢な仕事であります。もしも世の中で不可能なことを成し遂げようとする試みが繰り返されなかったならば,可能なことも成し遂げられなかったであろうというのは全く正しいことで,あらゆる歴史的経験がこれを裏書きしているところであります。しかし,それが出来る人は,指導者でなければなりません。いや,指導者であるだけでなく,― 甚だ真面目な意味で ― 英雄でなければなりません。

 

そして,指導者でも英雄でもない人たちも,いかなる希望の挫折にも耐えられるような堅い意志で直ちに武装しなければなりません。そうでなければ,今日可能なことも実行することが出来ないでしょう。彼が世界に献げようとしているものに比べて,世界があまりに愚かで卑しい ― と彼が思う ― 場合にも,それに挫けない自信のある人,何事に対しても「それにもかかわらず」と言える自信のある人,そういう人だけが,政治への「天職」を持っているのであります。(マックス・ウェーバー『職業としての政治』:世界の大思想29『ウェーバー 政治・社会論集』p. 431

 

 

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